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筆者は現在アメリカに住みながら、アメリカの情報や文化を中心に発信してます。
ということで、先日ツイッターにてこんなことをつぶやきました⇩
戦後の日本の高度経済成長は「奇跡」と呼ばれてます。
日本を建て直してくれた先人の方々には感謝ですが、経済用語の中には「戦争特需」という言葉があって当時の日本経済が伸びたのは朝鮮特需とかベトナム特需の影響もかなりある。
つまり他国の戦争が日本経済を潤わしてくれたのも事実ですね。
— マサヤ🇺🇸ミナトのすゝめ (@masaya_minato) 2019年7月18日
このツイートにもあるように経済用語の中には「戦争特需」という言葉が存在します。
本記事ではそんな戦争から得た「利益」を考えていきながら、「戦後日本の高度経済成長の要因」について解説していきます。
日本の高度経済成長
戦後日本はすさまじい勢いで経済を建て直しました。
1945年8月15日の終戦時には焼け野原となった東京も1964年には新幹線が開通し、世界を誘致してアジアで初めてのオリンピックを開催してしまうほどです。
終戦からわずか20年も経っていません。驚きですね。
こちらの動画は「1966年の東京の日常」という題名で当時の東京の日常的な風景を伝えています。
この動画は世界中で約300万回再生されています。
動画を見てもわかるように、街には車が走り、道路は今と同レベルで舗装され、現代と同じように人々は電車に乗って会社に通っています。
筆者は歴史がわりと好きなのですが、明治維新の日本が躍進する時代と戦後の日本の高度経済成長の時代が個人的には一番好きですね。
焼け野原から日本を建て直してくださった先人の方々には感謝ですね。
とは言え戦後日本の高度経済成長の要因は「戦争特需」というものが大きかったのも事実です。
ではここから詳しく見ていきましょう。
朝鮮特需とは
第二次世界大戦にて日本はポツダム宣言を受け入れて戦後日本はアメリカの統治下となります。
この頃の日本経済は歴史上経験したこともないほどの悲惨な状態にありました。
ハイパーインフレがおき街には失業者が増え、今では想像も付きませんが闇市や違法な売春なども溢れかえっていました。
GHQによる「ドッジ・ライン」という経済政策もあり、次はデフレになるという最悪な状況になっていました。
朝鮮戦争勃発
その頃朝鮮半島ではアメリカとソ連によって南北に分断されていました。
これが現在においての韓国と北朝鮮ということになりますが、1950年にこの南北朝鮮の間で「朝鮮戦争」が勃発します。
これは冷戦の一部です。
つまりアメリカは韓国を支援し、北朝鮮はソ連の後押しを受けていました。
実質的にはアメリカVSソ連という構図があったというわけですね。
アメリカの朝鮮戦争介入
本格的にアメリカは朝鮮戦争の介入をすることになります。
それだけ朝鮮半島は大事な地理関係にあったということですね。
ソ連のアジアにおいての影響力をできる限り抑えたかったのが現実でした。
そこでアメリカは当時統治下にあった日本に目をつけます。
アメリカ本土で戦争物資を生産し、その度に戦場である朝鮮半島に送るのはあまりにも時間とコストがかかって「効率が悪い」ということで、日本から大量の物資を生産&運搬することにしました。
これによりアメリカから大量の物資が買い付けされました。
また、戦争の恩恵はこれだけではありませんでした。
1952年には兵器や砲弾の生産許可がGHQから下されます。
これにより日本企業は戦争兵器を作ることになるわけですが、第二次世界大戦終戦から「ブランク」もありますし、日本の技術力も当時は低かったのが現実でした。
そこでアメリカは大量の技術者をアメリカから日本に送ります。
これによりそれまで入ってきていなかった最新技術やアメリカ式の生産ノウハウが日本に来ました。
代表的なのが、三菱や小松製作所ですね。
このへんの日本企業はこれによりものすごい利益を出しました。
最終的に1950年から1955年までの5年間で36億ドルと言われています。
終戦後わずか10年後の1955年には「神武景気」と呼ばれる日本史最大の好景気がやってきます。
言うまでもなくこの「神武景気」というのは初代天皇から名付けられています。
ベトナム特需
戦争による日本経済の特需は二度やってきます。
朝鮮戦争の次は「ベトナム戦争」です。
こちらも上記の朝鮮特需と仕組みは同じです。
冷戦の一部であるこの戦争はアメリカとソ連の代理戦争でした。
アジアに派兵する上で本国でから生産して運ぶのでは「間に合わない」ということですね。
しかしベトナム戦争に関して戦争特需が起きたのは日本だけではなく、アジアの経済成長に大きく影響しました。
アメリカの同盟国であった韓国はすぐさまベトナムへの派兵を申し出ます。
この時代の韓国の経済成長は「漢江の奇跡」と呼ばれていますが、凄まじい勢いで経済が成長しました。
さらに東南アジアの国であり、ベトナムの近所であるタイは米兵の保養地を提供しました。
このようにベトナム戦争は皮肉にもベトナムの近隣諸国の経済成長に大きく貢献したとも見れます。
電子戦争
ベトナム戦争の頃からレーダー、センサー付きの爆弾、マイク、無心通信装置などが戦場で活躍するようになりました。
こんなこともあり、この時期から日本のICやトランジスタといった電子技術が伸びてきて、世界のモノづくりをリードするようになります。
アメリカの戦争のための「部品工場」として大いに利益を得たのは他でもない日本ということですね。
ですが冒頭にも書いたように日本の高度経済成長は戦争特需だけではもちろんありません。
この時代の方々が日本の経済を建て直してくれたことに感謝したいですね。
「戦争特需」と言えば代表的なのが「アメリカ」です。
「アメリカは戦争によってどのように利益を得ているの?」
これに関して以下の記事で詳しく書いています⇩
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