【米国史上最悪】南北戦争についてわかりやすく解説します

【米国史上最悪】南北戦争についてわかりやすく解説します

 

はじめに

とある友人「南北戦争ってなに?」

僕「アメリカで最初で最後の内戦だよ」

とある友人「アメリカでも内戦なんてあったんだ」

僕「アメリカ史の中でも最も悲惨な歴史って言われてる」

 

アメリカは過去から現在に至るまでたくさんの国と戦争をしてるイメージがありますが、1860年代にアメリカ国内、南部と北部に分裂し戦争をしたという歴史もあります。

 

南北戦争=史上最悪の戦争

 

アメリカではこのように知られていて、今でも南部と北部では南北戦争絡みで論争が起きるくらいです。

本記事ではそんな南北戦争についてわかりやすく解説しながら、この戦争が現在のアメリカ文化に与えた影響を説明していきます。

 

南北戦争とは?

 

南北戦争とはその名の通り、アメリカの南部と北部に分裂し戦争した「アメリカ史上唯一の内戦」です。

英語では「The Civil War」と言います。

 

死者数は過去最大と知られていて、およそ60万人以上の犠牲者を出したとも言われています。

第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争などなど、過去のアメリカが関連したすべての戦争でのアメリカ人の犠牲者数を足しても、たった数年間の南北戦争での死者数の方が上回ります。

 

つまり、アメリカ国内での内戦だっただけあってアメリカにとって悲惨な戦争でした。

 

南北戦争が勃発したのは1861年4月のことでした。

アメリカがイギリスとの戦いで劇的な勝利を掴み、独立してからまだ100年も経っていない頃です。

 

このことから当時のアメリカでは「戦争は栄光である」という考えが当たり前でした。

そのような戦争に対しての意識の低さから、当時は「キャンプシートを持っていって戦争見学をする」人なんかも本気でいたほどです。

 

しかし、いざ戦争になってみると悲惨極まりなく、実際に多くの人が犠牲になった結果アメリカでもこの時から「戦争は悲惨なもの」という認識が根強く残ることとなります。

 

もう一つこれほどまで悲惨な戦争になってしまった原因は兵器の進歩です。

南北戦争は史上初めて近代兵器が実践的に使われた戦争とも知らています。

 

そんな近代的な戦争にも関わらず、この頃のアメリカの社会制度はまだ発達しておらず、死体は戦場に放置したままで埋葬することすら困難な状態にまでになってしまいました。

結果的に伝染病が各地で広まり病気によって命を落とす人も多く出ました。

 

南北戦争の原因

 

奴隷制廃止論VS奴隷擁護論

保護貿易VS自由貿易

州の権限

 

南北戦争の原因は主にこの3つが挙げられます。

 

北部の主張

「奴隷を開放すべきだ」

それまでアメリカは黒人を奴隷の身分として扱ってたアメリカでしたが、北部の州を中心に奴隷開放論が広まりました。

 

これは単に「博愛的な観点からの主張」ではなく経済的な理由があったのが事実です。

18世紀から19世紀初頭にかけてイギリスでは工業革命が起こっていて、イギリスは当時「世界の工場」と呼ばれてアメリカ含む世界の国々に工業製品を輸出していました。

 

しかし1812年にイギリスとアメリカの戦争が勃発します。

これ以来イギリスから工業製品が輸入できなくなったアメリカは、それまで農業中心だったアメリカ経済は自国で工業を発展させることを決めます。

 

これ以来、北部の地域で工業が急速に発展し始めます。

 

奴隷=農作業

 

というのが基本だったため、工業発展により人工が都市部に集中し、安い労働力で大量生産できるようになった今北部では奴隷をこれ以上必要としていませんでした。

それどころか、生産だけして消費者がいないと本末転倒なので、それまで奴隷身分だった黒人の方々を労働者にすることによって、自由に商品を消費してくれる、結果として国内市場が拡大すると考えました。

 

さらに自国のみで工業製品を生産し、保護貿易による「国内産業」を優先するべきだと主張しました。

 

そこで、奴隷開放論者は「奴隷の理不尽さ」を感情的に訴え始めます。

実際に奴隷というのは非人道的な制度でしたが、プロパガンダを含む様々な政治的宣伝がこの頃から始まりました。

 

南部の主張

アメリカ南部の気候は非常に温暖で農業に最適でした。

現在でもアメリカ南部に行くと広大な農場を見ることができます。

 

そんな南部の地域では黒人奴隷が必要不可欠でした。

大きな土地と農場を持った家主は奴隷をお金で購入し、自分の家に住まわせる代わりに(主に)農作業を手伝わせます。

 

生産すればするだけ土地も生産率も増えていくので、大量生産した農産物を海外(主にイギリス)に輸出する必要がありました。

そこで北部の保護貿易論に対し、南部は自由貿易を訴えます。

 

さらに北部と南部の対立の原因となったのが「連邦政府のあり方」でした。

そもそもアメリカは「合衆国」と呼ばれるだけあって、建国当初から州が集まってできた合衆国です。

 

「あくまでそれぞれの州政府が力を持つべきであって、連邦政府の権力が強いのはよくない」

 

南部はこのように主張しました。

そこで南部の州は、「アメリカ連合国」という新しい国を建国し独立を宣言します。

 

ここで南北戦争が勃発します。

 

 

南北戦争の概要

 

アメリカ合衆国(北部) VS アメリカ連合国(南部)

出典:南北戦争

 

北部の州 (青色)

メイン・ニューハンプシャー・ヴァーモント・マサチューセッツ・ロードアイランド・コネティカット・ニューヨーク・ニュージャージー・ペンシルヴェニア・オハイオ・ミシガン・インディアナ・イリノイ・ウィスコンシン・アイオワ・ミネソタ・カンサス・オレゴン・カリフォルニア

 

南部の州 (赤色)

サウスカロライナ・ミシシッピー・フロリダ・アラバマ・ジョージア・ルイジアナ・テキサス・ヴァージニア・ノースカロライナ・テネシー・アーカンソー

 

中立 (水色)

デラウェア・メリーランド・ケンタッキー・ミズーリ・ウェストヴァージニア

 

南北戦争の結果

 

結果は北部が勝利し、南部(アメリカ連合国)は独立せずアメリカ合衆国のままにとどまります。

奴隷の所有は憲法で禁止され、南部に住む奴隷は開放されました。

 

この戦争以降連邦政府の権力がさらに高まり中央集権化が進みました。

 

当時のアメリカ合衆国(北部)の大統領はリンカーン大統領でした。

アメリカ合衆国ではナンバーワンの偉人と名高い人物です。

 

5ドル札の顔にもなってます⇓

 

「人民の人民による人民のための政治」

この名言で有名ですが、これは南北戦争中の演説で言ったセリフです。

 

しかしこの「奴隷制廃止」の政策によって、リンカーン大統領はワシントンDCにて南部(アメリカ連合国)支持者により暗殺されてしまいます。

ホワイトハウスの前で、「黒人の参政権を認めたい」と演説した直後の出来事でした。

 

これ以降も主に南部の地域では黒人差別はなくならず、黒人に対する虐殺事件、人種隔離などが続きました。

公民権運動により、憲法で正式にすべての人が「平等の権利」を手にするのはキング牧師が出てくる1960年代まで待つことになります。

 

そのキング牧師も最終的に暗殺されてしまいます。

 

現在でも南北戦争の話になると、北部と南部の人では意見が合いません。

南北戦争がアメリカに与えた影響は計り知れないものがありますが、アメリカにはびこっている人種間の争いは南北戦争から始まると言っても過言ではありません。

 

 

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