【世界を変えた】アメリカ同時多発テロが与えた影響

【世界を変えた】アメリカ同時多発テロが与えた影響

 

2001年9月11日に起きた同時多発テロは未だに記憶に新しい方もいるかと思います。

事件直後、テレビは突然映像が変わり二機の旅客機がニューヨークの世界貿易センタービルに衝突する映像が流れました。

 

当時ニュースで映像が流れたときは、「映画かと思った」という方も多いかと思います。

小さい子供などはあの映像を見て、「飛行機がトラウマになった」というケースもあります。

 

それだけニューヨークの同時多発テロは日本を含む全世界に衝撃を与えた事件でした。

本記事では同時多発テロがアメリカ&世界に与えた影響、「そもそもなんで起きたの?」という疑問にお答えしていきます。

 

 

同時多発テロとは?

 

「同時多発テロ」とは読んで字のごとく「同時に多発的に起きたテロ」のことを指します。

最近ではフランス・パリで起きたISIS(イスラム国)によるテロがありますが、「同時多発テロ」と言うと2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロを指すことが多いです。

 

アメリカでは「9.11」と言われ、僕のアメリカ人の友達は「この日から全てが変わった」とも言います。

 

テロの詳細

 

こちらはテロ当日の日本メディアによる報道です⇩

 

 

 

次の動画はアメリカNBCニュースによるテロが起きた瞬間をとらえた映像です。

動画の冒頭部分は一機目が世界貿易センタービルに衝突したという速報が入り、キャスターが事件の詳細を伝えています。

 

00:12:00あたりに二機目の衝突があります。

01:08:00でビルの崩壊が始まります。

 

閲覧する方はあらかじめご了承のうえご覧ください。

 

 

これらの映像を見てもどれだけ悲惨だったのか、どれだけアメリカ国内&世界に衝撃を与えたかが伝わるかと思います。

 

これらの旅客機はイスラム原理主義組織「アルカイダ」のメンバーによってハイジャックされたもので、機内には乗客が乗っていました。

この二機以外にもこの日だけで合計四機の旅客機が同時にハイジャックされました。

 

上のニュースでもあるように、二機はニューヨークの貿易センタービルに追突し、一機はアメリカ国防総省ペンタゴンに追突、残りの一機はアメリカ合衆国議事堂またはホワイトハウスが標的だったと推測されていますが乗客によって阻止されペンシルバニアの郊外に墜落しました。

 

この世界貿易センタービルの跡地は「グラウンド・ゼロ」と呼ばれています。

もともと「グラウンド・ゼロ」というのは「爆心地」という意味があり、広島や長崎などの原爆が落ちた地点を指していました。

 

しかしこの同時多発テロが起こり、世界貿易センタービルの跡地が爆心地を連想させるとして、この時からグラウンド・ゼロという言葉はむしろ世界貿易センタービルの跡地を指すことになりました。

 

その後の影響

 

この同時多発テロによる死亡者は2996人、負傷者は6000人以上にのぼりました。

そのうち24名は日本人とされています。

 

当時大統領だったブッシュ大統領は国内全域に緊急事態を宣言し、アメリカ国内全ての航空機が強制的に近くの空港に緊急着陸をさせられ全ての国境が閉鎖されました。

またニューヨークだけでなく、シカゴやロサンゼルスなどアメリカ国内の都市にある高いビルにいる方々にはニュースを通じて避難指示が出され、多くの小学校がこの日は休校となりました。

 

これだけの混乱をアメリカに与えたのは1941年12月に起きた「真珠湾攻撃」以降初めてとも言われています。

真珠湾攻撃は大日本帝国によるアメリカに対する攻撃でしたが、これが国民感情を動かし最終的にアメリカが第二次世界大戦に介入するキッカケとなりました。

 

これと同じようにこのテロにより多くのアメリカ国民の反テロ感情が高まりました。

国内至るところにいるイスラム教徒や中東系の人々はヘイトクライムなどにより弾圧されました。

 

対テロ戦争への始まり

 

見出しにて「世界を変えた」と書きましたが、まさにこのニューヨークへの同時多発テロはこの後の世界を変えました。

このテロは「アルカイダ」というイスラム原理主義組織による犯行によるもので、その中でもオサマ・ビンラディンという男が首謀者でした。

 

「そもそもなんで捕まえないの?」

 

ということですが、アメリカ政府はこのテロの後アフガニスタンのタリバーン政権にオサマ・ビンラディンの引き渡しを要求します。

しかし、「証拠もないのに引き渡すことはできない」と断ったことから、オサマ・ビンラディンを殺害するという計画のもとアメリカはアフガニスタンに侵攻を始めます。

 

このテロは全世界に衝撃を与え、国際連合もテロの翌日に「あらゆる手段を用いて戦う」とし、「全国家と全人類の戦い」とし全世界においてテロ対策が進みました。

したがって、これはテロとのグローバル戦争、第三次世界大戦、テロとの戦いとも呼ばれています。

 

このアフガニスタンに続き、ブッシュ大統領はイラン、イラク、北朝鮮を名指ししテロ支援国家であり「悪の枢軸」と発言しました。

アメリカ国内では同時多発テロ以降一気に反テロ意識が高まり、「イラクが大量破壊兵器を保持している」という理由をもとに2003年にイラクへも侵攻します。

 

しかし大量破壊兵器は発見することができず、その後もイラク国内の治安の悪化から戦争はオバマ前大統領が2011年に終結を宣言するまで続きました。

 

そして現在

 

これらの対テロ戦争によるアメリカの経済的ダメージは計り知れないものがあります。

それ以上に問題なのが、過激派組織は2001年のテロ以降増え続けているのが現実です。

 

アメリカは同時多発テロ以降、「対テロ戦争」の名目でアフガニスタン、ワジリスタン、イラク、リビア、シリアなどの紛争・戦争に介入してきました。

言うまでもなくアメリカ軍によって殺害された兵士の数は計り知れません。

 

つまり、過激派1人殺害すればその家族や知人も反米主義になり、より多くの過激派を生み出す結果となってしまっているのです。

これらの過激派が世界中に潜伏し、至るところで反米・反キリストの大義名分でテロを起こしているという悪循環となっています。

 

その代表例とも言えるのが、「ISIS(イスラム国)」です。

ISISは同時多発テロを起こした「アルカイダ」よりも圧倒的な資金源・影響力があると言われています。

 

20世紀までは国家間での大規模な戦争が主でしたが、対テロ戦争はイデオロギーや思想が中心なのでリーダーや組織を壊滅させてもまた新しいリーダーが生まれてくるだけなのでキリがない状態になっています。

実際に現在でも過激派の分子は世界中にいるのが現実です。

 

 

 

「テロ」と聞いても日本に住んでいたらあまり馴染みのないものかもしれませんが、東京もテロの標的となる日がきてもおかしくありません。

2020年には東京オリンピックがあるので特にテロ対策の面ではもっと高い意識を持つことが大事だと言えます。

 

そういった意味では2001年9月1日の同時多発テロが世界に与えた影響は計り知れないものがありますね。

 

 

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