【アメリカのタブー】原爆投下の本当の理由と戦争責任

【アメリカのタブー】原爆投下の本当の理由と戦争責任

 

「勝てば官軍・負ければ賊軍」

 

これは昔からのお決まりですね。

勝者によって作られているのが歴史の大前提です。

 

つまり歴史というのは度々勝者が美化される傾向にあります。

例えば明治維新で政権を手にした明治政府は徳川幕府時代の武士政権のあり方を徹底的に否定しました。

 

また、逆に言えば徳川家康は「関ヶ原の戦い」で西軍を破って江戸に幕府を作りました。

さらにはその後「大阪の陣」にて豊臣家を滅ぼします。

 

家康は豊臣秀吉に忠誠を誓っていたわけなので、これは明らかな反逆行為ですがこれも歴史の勝者である徳川政権に「美化」されました。

これらは第二次世界大戦時のアメリカの戦争責任が「美化」されていることと類似しますね。

 

「原爆投下は人体実験だった」⇦この発言はアメリカではタブーです。

 

「戦争を早期終結させるために仕方なかった」

これが原爆投下についてのアメリカの政府見解です。

 

では本当にそうだったのでしょうか。

本記事ではアメリカの戦争責任を徹底的に解説していきます。

 

 

原爆投下と戦争犯罪

 

1945年8月6日に広島にウラン型の原子力爆弾「リトルボーイ」が投下されました。

続いてその3日後の8月9日には長崎にプルトニウム型の原爆が投下されます。

 

そして8月15日に日本はポツダム宣言を受け入れ第二次世界大戦が終結しました。

その翌年である1946年に東京で「極東国際軍事裁判」が連合国によって開かれます。

 

これは戦争中に起きた犯罪や戦争責任そのものを裁くための軍事裁判です。

これにより当時首相だった「東条英機」などがA級戦犯として裁かれ巣鴨の拘置所で連合国により死刑になりました。

 

「真珠湾攻撃が殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も承知している、、、」

 

これは東京裁判で弁護人を努めたベン・ブルース・ブレイクニーという人物が言った言葉です。

つまり、戦争は国家の行為であって個人の行為ではない、なので個人の責任を裁くのは間違っているということですね。

 

裁判の判事はすべて戦勝国によって構成されていました。

言うまでもなく、アメリカ側から戦争犯罪人がでることはありませんでした。

 

このように見ても、極東軍事裁判というのは「勝者による裁き」ということがわかります。

 

戦争早期終結論

 

「日本に衝撃を与えて降伏させ、本土侵攻によって失われたはずの100万人の米兵の生命を救うためである」

「本土決戦を行えばアメリカ人だけでなく日本人も多く犠牲になっていただろう」

 

これがアメリカ政府の原爆投下に対する公式見解です。

世論調査ではアメリカ人の約56%が「原爆投下は正しかった」というふうに回答しています。

 

アメリカの歴史教育

 

 

こちらの記事にも書いていますが、アメリカの歴史の授業では原爆投下に関して徹底的に議論します。

実際に「原爆投下は正しかったのか?」というのをクラスで話したりもします。

 

つまり原爆投下を美化しているのはあくまで「アメリカ政府」であり、世論的には半々くらいなのが現実なところです。

特に若い人の中では「原爆投下は間違っていた」という意見が多いのも事実です。

 

しかし、これらアメリカの若い人たちも「アメリカに戦争責任はあるのか?」と聞かれればほとんどの人が「No」と答えるでしょう。

というのも、「原爆投下はアメリカ人の命を救うため」という理由しかあまり知られていないからです。

 

しかし実際の理由は本当にそうだったのでしょうか。

ここからが原爆投下におけるアメリカのタブーです。

 

 

原爆投下の本当の理由

 

第二次世界大戦も末期になれば軍事的に日本が負けたのは明らかでした。

これはアメリカ側も日本側もわかっていたことですね。

 

しかし、日本が降伏を引き伸ばし続けていた1つ目の理由は「天皇制の護持」というところでした。

連合国側が「天皇の存続」を認めるという条件であれば、降伏を考えるという意見が日本側の主張でした。

 

これはアメリカ側においても「ポツダム宣言に天皇の存続を認めれば日本も降伏を受け入れやすくなる」というのは常識的なものでした。

つまりアメリカが本当に戦争の早期終結を望んでいたならば天皇の存続を認めることも選択肢の一つでした。

 

しかし、アメリカは逆に「天皇制存続」を保証する条項をポツダム宣言から外してしまいます。

日本が降伏しにくい状況に逆に追いやったのです。

 

このことからもわかるように原爆投下の理由は「戦争の早期終結」なんかではありません。

 

戦後の主導権

 

第二次世界大戦も末期、アメリカはすでに戦後の構想を立てていました。

資本主義(アメリカ)VS共産主義(ソ連)という構図で世界が二分するということもわかっていたことでした。

 

そこでアメリカは第二次世界大戦におけるソ連の影響力を恐れていました。

そこで厄介なのがソ連と日本の関係です。

 

日ソ中立条約

 

日本とソ連の間には「日ソ中立条約」というものが結ばれていました。

 

これは1941年に日本とソ連の間で結ばれた「5年間の間はお互いに戦争はしないし中立ですよ」という条約でした。

実際に第二次世界大戦末期日本は「最後の望み」としてソ連に連合国と日本との和平仲介を頼んでいました。

 

つまりソ連が日本と連合国の仲介を担えばソ連の国際的地位は上がります。

逆にソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して対日参戦して、その結果で日本が降伏してもソ連の影響力が高まります。

 

そこでアメリカはなんとしてでもアメリカのみで日本を降伏に追いやりたかったのが現実でした。

 

核兵器=抑止力

 

核兵器が抑止力になるということをアメリカはもうすでにわかっていました。

そこで戦後ソ連がアメリカに対して何もしてこないよう、また外交上でも有利に立てるようにするためには原爆の威力を見せる必要がありました。

 

①ソ連の対日参戦を防ぐ

②核兵器の威力を見せつける

 

これらの理由はアメリカの利益にとって十分過ぎますね。

 

事前警告なし

 

アメリカが原爆投下前に日本に警告することはありませんでした。

つまり原爆投下は警告なしに一般市民を大量虐殺したものです。

 

「戦争早期終結のため」

 

これが理由であるならば十分な外交・警告をした上でないと説明ができませんね。

つまりアメリカが主張する原爆投下の理由というのは「茶番」にしか過ぎません。

 

人体実験

 

アメリカの原爆研究・開発は1939年の「マンハッタン計画」から始まります。

 

 

こちらの記事でも書いていますが、アメリカはそれこそ「国家総動員」で原爆の製造に着手します。

総動員数13万人、予算22億ドル(現在の価値で約2兆8000万円)ほどをかけて1945年7月に完成させます。

 

これだけの労力とお金をかけた結果なので原爆を実際に「試したかった」というのが実際の理由でもありました。

実際に原爆が落とされた広島&長崎には一切空爆などはせず「無傷の状態」でした。

 

原爆の威力&殺傷力を見たかったからですね。

 

 

【結論】原爆投下≠日本の降伏

 

「日本が降伏したのは原爆投下が理由」

 

多くのアメリカ人はこう思っているのが現実です。

しかしこれは明らかに違います。

 

実際に日本の降伏を決定づけたのは「ソ連の参戦」でした。

上でも書いたように、日本はソ連に「和平交渉の仲介」を頼んでいました。

 

しかし、1945年8月9日未明にソ連は南樺太・千島列島に侵攻します。

その後もソ連は南下を続け、そして9月5日までに満洲、朝鮮半島北部、北方領土を占領しました。

 

つまりこの第二次世界大戦末期における「ソ連参戦」が日本の和平交渉への希望を絶望的にしたものでした。

しかし、アメリカとしてはなんとしてでも「アメリカの原爆が日本を降伏させてあげた」というものでないと原爆投下が正当化されません。

 

結果として今日における歴史認識の違いに至っています。